WindRose

音楽とか映画とか

第1回実家に帰りたくない選手権

この歳になると帰省することすら面倒くさくなる。

理由はひとつ。

「いい人はいないのか。」

もう何回も聞く言葉だ。向こうも話すきっかけにしたいのだろう。そのたびにうんざりする。そしてダメージは受けてないと思いつつも、きっとどこかで見えないストレスになる。学生時代の友達もぞろぞろ結婚していき、特に会う予定もなく、年々帰省時間が短くなる。アラサー彼氏無し未経験(綿矢りさはこれを「手垢がついてぼろぼろに破れかけてきたのにまだついてる持ち手のビニールの覆いみたいなもの」と表現していて秀逸だなぁと感心した)、仕事も評価されるわけでもなく、都会で一旗あげちゃるけん!な感じでもない、リア充でもなく、ただただひたすらに音楽と映画を愛で、一人で送っているだけの漫然とした日々。

 

グザヴィエドランの「たかが世界の終わり」をみて、置かれている境遇や文化背景は違えど、実家あるある、というか、居心地のなさというか所在なさ、に共感した。

主人公が十数年ぶりに帰ってくるところから始まる。母と妹は浮き足立ち、兄はいらいらする。それを見守る兄嫁。

母は楽しかったころ昔話をひたすら続け、兄は聞く耳も持たず、妹は成功した主人公の幻想を追いかける。

誰も、今の主人公を見ようとしない。彼が何を考え、どういう思考で、なぜ自らの死を伝えたいのか、じっくり聞かない。「なぜ?」と聞いたとたんに遮る。口論が始まる。彼は妹にとって兄であり、兄にとって弟であり、母にとって息子である役割を演じることに窮屈さを覚えてしまったのでは、と邪推する。

 

続く口論のシーンの中で、恋のマイアヒ閑話休題ぽくて癒されました。

恋のマイアヒ、って世界中ではやったんだな。フラッシュとか流行ったよね。ノマノマイエイ。同年代のせいか彼の選曲結構好きです。